コンチータの決心の時

アルフレッド・コンベ神父による記事より抜粋

「私の召命は何? 私は人生で何をすべきなの?」

コンチータはカルメル会に入会するために修道院付属学校に通っていた。1966年2月13日日曜日、聖体拝領後に感謝の祈りをしている最中、コンチータは大きな喜びを感じ、さらに、それよりも大きな悲しみ、だまされているという感覚を感じた。すると次のように言われるキリストの声が聞こえた。

「コンチータ、おまえは私の伴侶となるために準備し、私に従うと言って、この修道院付属学校に来た。コンチータ、私の意思を探し求めるとは言わないのか? さて、おまえは今、自分の意思を探し求めている。人生のすべてをこのようにやっていくつもりか? 私はおまえを世に置き、そこに留まるように選んだ。私ゆえに、世で多くの困難に遭遇するであろう。私はおまえの聖化のためにこのすべてを求める。世の救いのためにこれを捧げることができるように。おまえはマリアについて、世に語らねばならない。覚えているか、6月に(以前にも主の語りかけがあったことは明白である)おまえは、修道女になってもらいたいかと私に尋ねた。私は「おまえがどこに行くにしろ、十字架と苦しみを見つけるであろう」と答えた。今、この言葉をもう一度繰り返す」。

この主の内的語りかけは輝かしく、はっきりとしたものだった。曖昧さはみじんもなく、直接的で揺るぎなかった。