ガラバンダルの今日の出来事 1961年8月8日

夜の9時過ぎ、あの忘れられない日の第二の出来事が始まる。再び教会に集まった4人の少女たちは、主祭壇の前で脱魂状態に陥った。深呼吸をする。そして、コンチータ以外は皆笑っている。コンチータが話す。「はい、あなたのお望みのとおりに、あなたが命じられた通りに……どの方向に行っても私たちはかまいません。あなたが言うとおりに……でも、私たちは何の証拠も示していませんし、人々は信じていません」。9時40分頃、彼らは立ち上がり、脱魂の行進によって教会を後にした。そして、村の中で以前脱魂が起こった場所に立ち寄り、そこで祈る……ガラバンダルでこれほどの熱心さで道行きの信心が行われたことはない。

少女たちの行進に沈黙のうちについて行き、祈りに熱心に付き添う人々は、まるで超自然的な感動に取りつかれたかのようであった。それは、この村で失われ、忘れられていた主の道、憐れみの道のように思われた。ここで、世からは価値がないと見なされていた人々に、神と聖母の足跡の痕跡が残されたのだ。世俗化に突進する世とは対照的に、ガラバンダルの夜は何というものだったか! そしてそれだけではなかった。街路、街角、家々、寂しい小道、静かな野原、満天の星空など──あらゆるものが聖別される運命にあるように思われた。

行進が終わるころ、少女たちがこう言うのが聞かれた。「次は何日にお会いできるでしょうか? 人々が来ることができるように……人々は、これは私たちの病気なんだと言い、若い男の子たちは私たちに石を投げました……まあ、あなたが私たちといて喜んでくださるのなら、そんなことはどうでもいいんです……」。すべてが終わるかと思われた時、彼らは松林へと登った。目撃者全員が、4人の少女たちの姿だけでなく、その行進の速さと軽やかさが深く印象に残ったとしている。

「マリアは急いで山へ行った」より、 第1巻177頁

「悲鳴の夜」二日目

ガラバンダルの今日の出来事

1962年6月20日──この夜、少女たちは二晩続けて、将来起こりうる「罰」の予兆を体験する。彼女たちは手を上げて、その幻を押しのけようとする。あまりの恐怖に、「お願いだから、こんなことになる前に子どもたちを死なせて」と言ったのが聞かれた。この出来事は村全体を恐怖に陥れ、翌日、村人全員が告解と聖体拝領に行くことになった!

コンチータ、恵みに満ちた人生

コンチータは現在73歳だが、17歳の時には既に成熟し、霊的に賢くなっていて、そのような目を通してすべてを見ていたことに人々は気づいていない。すでにマリアと4年間会って話し、イエスとも何度も内的な会話を交わしていたのだから。彼女は「幻視者」としてだけでなく、医療助手として、妻として、母として、祖母として、自分の人生(そして使命)をただ生きていくことを選んだ。彼女の謙虚さは、十字架を背負うこと(奇跡の日付の秘密を守ること)においても大きな役割を果たし、自分の子供たちには自分が誰であるかを決して話さなかったほどだった! 子供たちは、たまたま本の表紙に彼女の写真が載っているのを偶然に見つけたのだという。

彼女は、めったに見ることのできないような、恵みに満ちた信仰を持って人生を歩んでいる。彼女の人生の焦点は「奇跡」ではなく、人生の「最終目標」……天国なのだ。2013年12月17日、夫のパトリックが亡くなった後、私(グレン)はコンチータから手紙を受け取った。彼女の人生は、この手紙の最後の一文に要約することができる。本当に素晴らしいものだ。

彼女は言う。「確かに、死は終わりではありません。それは始まりです。そして世の虚栄心は、人生の現実や真の幸せから私たちを遠ざけるので、エネルギーの損失なのです」